──「幸運を祈ってるわ」騎乗の指示が出ると王女が軽い口調で言い、カスケイドと私はスタートに向かった。その間のキャンターが馬にとってウォーミング・アップになるはずなのだが、例によって彼は感情をいっさい伝えて来なかった。馬によっては、まるで話し合うように互いに気持ちが通じ合う場合があるが、この黒っぽくて痩せた気の強いカスケイドはいつものように非協力的な沈黙を保っている。

（『連闘』より）

──私はキンリイに乗ると、ゆっくりとスタンドの前を通って音とにおいを経験させ、スタートに向かう途中、胸の高さのハードルに触れんばかりに近づけて、ハードルの上から、次々と並んでいるハードルをじっくり見させた。馬はピンと耳を立て鼻を突き出し、私は、この上なく満足すべき状態で馬の本能が掻き立てられるのを感じた。歌のように血の中を流れている先祖伝来の欲求、競争して勝ちたいという意欲の高まりを感じた。

──最後の上り坂で少し速度を落とすと、私が押さえているのに腹を立てていたが、最後のコーナーを回ってゴールまでにハードルがあと一つという時点で、私はあおり、さあ行け、と大声で伝え、ふくらはぎで締めつけ、手の動きを通じてリズミカルに指示を送りながら、よし、宙を飛べ、走れ、首をぐんと伸ばせ、これがレースというものだ、これがお前の将来なんだ、覚えておけ、勝て、すべてお前次第だ、と伝え続けていた。
　私が引き止めたとき、キンリイはすぐさま、自分はうまくやった、何回となく私が首を叩いているのはほめているのであり、優勝馬の囲いで沸き上がった歓声は大成功に対するカーテン・コールであるのを悟って、誇らしげな気持ちを満身で発散していた。

（『侵入』より）

──去年の11月の、彼にとって初めてのハードル・レース中、ほとんど一瞬にして私たちの気持ちは強く結ばれ、その後の三レースで親近感がますます深まり、二月には、彼がやる前からすでに何をやりたがっているか私にわかるように、私が彼に何を求めているかを、前もってわかるまでになっていた。その結果、人には説明不可能な原始的段階での意志疎通によって喜びを分かち合い、最高の気分でレースができる。

（『連闘』より）

──クラバー号は、きょう対等の負担重量で競争するクラスの馬を相手に、一度だけ（軽いハンデのおかげで）勝ったことのある、八歳の栗毛のサラブレットであるが、体調は最高に整っており、元気が溢れるような足取りをしている。たいていの馬同様、春の陽気と背にうける陽光に気がはずむらしく、私の気持ちも彼に合わせてしだいに高揚していった。

（『飛越』より）

──カスケイドと違って、コトパクシはひっきりなしに情報を送ってきているが、たいがいは、たいへん気分がいい、寒さは気にならない、クリスマス以来初めてコースに出られて嬉しい、といった内容だった。一月は雪が多く、二月の前半は寒気が厳しく走路が凍り、コトパクシのようにレースの好きな馬は厩舎に長くいるとたちまち飽きてしまう。

（『連闘』より）