──私は頷いてダウラギリとスタートに向かったが、馬が私と同じように何か妙に楽しそうな気分でいるように思えた。三勝で私は最高の幸福感を味わっていた。ダウラギリは跳びがうまい。だから、四勝を狙ったってべつに悪くはないだろう。どの馬もそうだが、ダウラギリは騎手の気分を受け継いでいる。今日のダウラギリは私に求められたら気軽に断崖からでも跳ぶに違いない、と私は思った。

（『侵入』より）

──しかし、タペストリは、まことにすばらしい馬で、多くの勝利をあげた他の馬たちと同様に、ゴールド・カップの後、脱鞍所で歓呼、歓声に包まれていた時の経験から、自分のスターとしての名声を意識するようになっていた。その誇りを守り、勝たねばならない、という意欲で、直線の最後の三つの柵を完璧なフォームで飛び越え、首を突き出し、ストライドをのばしてゴールを駆け抜けた。

（『障害』より）

──チェインメイルの場合はデイライトと事情が全く異なっていた。もともと精神的に不安定な明け五歳である上に、私がやらせようとしているのは、非行少年に路上強盗をやれとあおりたてるようなことであった。彼が騎手に反抗し、障害の前で横へそれたり、他馬に噛みつく粗暴さをコントロールするには冷静さと手堅い扱い方が必要である──少なくとも私は常々そう思っていた。
今日は、彼はそのような扱い方をされなかった。今日の騎手は、障害の前で横へそれること以外は、どのような乱暴な行動も許すつもりでいた。三つ目の障害でそれそうになった時私が激しい勢いで鞭を入れたが、「おい、いつものお前とちがうじゃないか」と不満を抱いたのが感じ取れるような気がした──その通り、今日は違うのだ。

（『反射』より）

──ノーランはそんな気は毛頭なかった。ノーランが持ち前の攻撃的な本能を余すところなく発揮して鬼神のようにチックウィードのチ肩甲骨の上にかぶさり、負けることは許容できない、というメッセジを馬に送っていた。ノーランが二度、力をこめて鞭を振った。チックウィードはまるで電流で刺激されたように、抜かれてしまった以上速度を落とそうしていた考えを振り捨て、また闘争心を奮い起こした。先を行く騎手と馬は、もう勝ったと判断して、ほんの一瞬早めに力を抜いた。彼らがゴール直前で歩幅を縮めたところをチックウィードが捉え、首一つ前に出た。観衆が、絶対に諦めないファイターである本命馬に歓声を送った。

（『標的』より）

──馬と私は、馬群のほかの二頭といっしょに調教走路のいちばん端まで歩きはじめたが、そのうちにトロットで進みはじめた。その間私は、左足が受ける刺激に心中マイロゥをもろもろの表現で呪いながら、あぶみを支えに体を浮かせて全体重を右足にかけていた。馬の乗り方はかくあるべきだと承知しているデイトパームは、そのように片側に体重をかけるのを嫌がってさかんに首や尾をふっていたが、その程度の反応を示しただけで、私を信頼するつもりになっているようだった。馬というのは、特定の人間に気づいたことを直接示す手だてがないが、デイトパームは私の声を聞くと首を回して私を見ることがときおりあるし、においでも私がわかるのかもしれない、と思うことがある。たまには私の首筋に鼻先を押しつけて、においを嗅ぐように鼻をぴくつかせる。いずれにしても私たちのあいだには気持ちのかよいあう親密感が明確に存在していて、今朝はそれがたいへん役だったようだ。
（中略）
　位置に着くために回っているあいだに、私はしばしば行うようにもの静かにデイトパームに話しかけていた。競走馬の多くに共通することだが、馬は落ち着いた人間の声、口調から、すべては順調だ、という気持ちを感じ取って安心するものである。ことによると低音の振動を聞き取るのかもしれないが、ありえないことではない。

（『直線』より）

──結果的にはデイライトの場合はたいへん容易であった。騎手の考え方が変わったのに驚いているのが感じとれたが、跳び方はいつものように上手であった。馬のテレパシイ的能力、あの驚くべき感覚が私の意図を一瞬にして感じ取った。馬がそのような能力を具えていることは知っていたが私は改めて驚嘆した。騎手が馬のある種の反応に慣れているのは、馬が騎手自身の考え方に適応しているからである。騎手の考え方や意気込みに急激に変化が生じると馬の示す反応も変わる。

（『反射』より）

──テンプレイトは目がきれいに澄み、耳をピンと立てている。走りたくてむずむずしているかのように筋肉がブルブルと動いている。完璧に調整された走る機械が、一刻も早く本来の仕事にかかりたくて緊張している感じである。おとなしい馬ではない。性質にあまさは全くなく、愛情というよりは尊敬の念を抱かせる。私は彼の火のような激しさと勝利に対するゆるぎない意欲が好きであった。

（『度胸』より）